雑記の雑記

2012年10月 3日 (水)

なめこを形容する言葉

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「ぬらめき」という言葉にびっくりして思わず写真撮影。初めて聞く言葉だけど、一般的なんだろうか?と検索してみたら、全く同じ商品の画像を使って同じ疑問をアップしたブログを発見してこれまたびっくり。

なめこといえば「ぬめり」。「ぬらめき」って、なめこのぬらぬらした感じがよく表れてるなぁと思うけど、一文字違いの「きらめき」をイメージすると、その爽やか感とのギャップがありすぎて、すごいインパクトある・・・。


2012年9月30日 (日)

ファストフード=青春

夫と外出のついでに、サブ◯ェイでお昼を食べることになった。ファストフード店は随分久しぶり。前回いつ行ったのか、思い出せない。

窓に面したカウンターに並んで座って、パンに挟まった野菜をこぼさないよう食べていたら、なんか突然「う!!青春だわ」と感動してしまった。わははは。

たまにはファストフードもいいですね〜。

2012年9月29日 (土)

あなたが私を幸せにする

最近、かなり使い勝手がよく感動した商品があったので、思わず製造された方にお礼のメールを出した。

以前の私は、物を買って自分の生活が便利になるのは、当たり前だと思っていた。
製造者に対しては、「商品として対価を払って購入したことが十分なお礼だ」と考えていて、わざわざ感謝の意を伝えるなんてしたこともなかったのだけれど。

よくよく考えてみれば、どんな商品も、きっとものすごい試行錯誤を繰り返して作られているのだと思う。
対価を払ってるからそれでいい、というケチくさい発想に縛られてなくたって、素直に「こんなに便利なものを作ってくれてありがとう」と伝えればいいじゃない?とふと思ったのだ。そんな気持にさせられてしまうほど、惚れ込んだ商品だった。

そうしたら、「とても嬉しいです。これからの励みになります」とご丁寧にお礼を下さった。そのお礼を見て、こちらもまた幸せになってしまった。「自分の作ったものや行為で人が幸せな気持ちになったこと」がわかるって、ものすごく嬉しいよね、きっと。多分それは、お金に換えられるような種類のものではない喜びなんだと思う。

「あなたのおかげで幸せになった」ことを表現すれば、伝える方も伝えられた方も幸せ。
なんか、いい連鎖。

安野光雅トランプ

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「津和野にある安野光雅美術館へ行ってきたよ」とお友達からお土産にいただいたトランプが我が家に仲間入り。各マークごとのジャック、クイーン、キングの絵柄がどれも個性的でとてもかわいい。

安野作品って、誰もが、どこかで目にした事があるのではないでしょうか。色合いとタッチが丸くて、見ていると心が和みます。

どうもありがとう。


2012年9月 3日 (月)

9月

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 最高気温はまだまだ30度を上回るけれど、明らかに秋。

2012年8月30日 (木)

「思い出すことも縁」と感じた出来事

 日経新聞朝刊の最終ページ(文化欄)に、「交遊抄」というコラムがある。

 執筆は各界で名を成された方々で、毎日違う。色んなエピソードを交えて、それぞれが親交の深い方について語る短いコラムだが、今日の執筆者を見て、どこかで見たことのある名前だと思った。東京学芸大学長、村松泰子氏。 著書を読んだ事があるとかそういうことではない、私はご本人直筆のこの氏名を画像として覚えている、ということまで思い出して、記憶がよみがえった。

 今から20年ほど前の学生の頃、村松氏から資料を大量に送っていただいた事があったのだ。

 資料は、書籍梱包専用の、がっしりしたボール紙でできた大きな小包ケースに包まれて届いた。初めて見る小包ケースの印象はとにかく強烈だった。書籍や資料の送付用にこんな資材があるのか、という未知の世界に対する驚き。加えて、大量の資料を送付していただくという初めての経験に、自分もオトナになったなぁという嬉しさも感じた。

 そんなこともあって、小包ケースの形や質感と共に、差出人として記載された手書きのお名前も深く記憶されていたのだと思う。

 村松氏に、どんな資料を、どんなきっかけでどのようにお願いしたのかは、あまりよく覚えていない。

 ただ、一介の学部生に、こんなに丁寧に対応してくださるとは、なんて素晴らしい方だろう、とものすごく感激しただけははっきりと覚えている。
 
 今日、村松氏のコラムを読まなければ、この記憶はずっと引き出されないまま眠っていたに違いない。しかし、新聞に掲載されていたお名前から、小包ケースの画像の記憶が引き出され、資料を送っていただいた記憶がよみがえった。不思議だ。ひょんなきっかけで思い出す人や物。これも「ご縁」のひとつだろうか。

 折角思い出す事ができたので、もう一度20年前のお礼をここに述べずにはいられない。ご本人には届かないとしても。

 村松先生、その節は本当にありがとうございました。

2012年8月24日 (金)

笑いヨガ、結構疲れる

 笑いヨガ(ラフターヨガ)に参加してみた。

 「笑う角には福来る」「笑うと免疫力が高まる」と言われていても、笑い続けることは意外と難しい。吉本や漫才を見ていても、始終笑いっぱなし、というとことまではいかないし。
 
 笑いヨガは、「おかしくなくても笑う」、つまりジョークやユーモアなど笑いの原因に頼らず、エクササイズとして笑う。脳は作り笑いと本当の笑いを判別できないので、作り笑いでも本当の笑いと同じ効果があるということだ。

 作り笑いって逆に恥ずかしいかも、と参加を決めておきながら躊躇する私。
 「自己紹介です。名前を言ったらみんなアハハと笑いましょう」から始まった。名前を言うだけで笑いになるとは初めての経験。でも、「あはははは」と字で書き表せるくらいキッチリ作り笑いの人々もいて、あぁ、最初はそれでいいんだ、と私も作り笑いからスタートした。

 続いて、「ナマステ~」と挨拶しながら笑う「あいさつラフター」、相手に軽くタッチしたらピリッと静電気が起きた、という想定で「アハハハ」と笑う「静電気ラフター」などなど、会場の中をぐるぐる回りながら次から次へとエクササイズが続く。

 作り笑いだったはずが、だんだんおかしくなってくる。参加者の皆さんの笑い声もどんどん大きくなってくる。
 ポケットをひっくり返して見せながらお金がないことを笑う「ノーマネーラフター」などは、ほんとに自分がお金な~いと笑っているような気になって、おかしくてしかたがない。

 時折深呼吸をはさむ。この呼吸法が「笑いヨガ」と名称に「ヨガ」がついている由来のようだ。深く呼吸をすると気持がいい。

 休憩をはさんでひととおり終了。最後はみんなで横になってリラクゼーション。先生の誘導に従って、体の力を抜いていく。知らない間に寝てしまった。

 終わってみると、意外に「運動した!」という心地よい疲れを感じた。思い切り笑うとカラダを使うんだなぁと実感する。

 先生が「私、笑いヨガ始めてから車ぶつけてもアハハ~って笑えるようになったのよ。前はプンプン怒ってたのに」とおっしゃっていた。

 そういう変化って、いいなぁ。

2012年8月20日 (月)

さよならドストエフスキー

 本棚から本があふれてくると、適当に処分してスペースを作る。
 「残す本」と「残さない本」に振り分ける基準は、「また読み返したいと思うかどうか」で決めている。
 
 しかし、読んでいない本は、この基準で決めづらい。
結局、「まだ読んでないから、そのうち読もう」と本棚に戻すことになるものの、「そのうち読もう」と本棚に戻した本はやはり読まないままなのだ。この調子で毎回ブックオフ行きの危機を免れるレギュラーメンバーは、「ドストエフスキー」。

 大学生の時、カラマーゾフの兄弟を20ページで挫折して以来、大きな壁として立ちはだかるドストエフスキー。カラマーゾフ以外なら読めるかも、と他の作品を買い足してもやはり同じ。

 正直、読みたくて買っているわけではない。「ドストエフスキーも読んじゃう自分」に酔っている、本を買う動機はそれだけ。

 読みたい本だけ買えばいい。20年目にして、やっと自分に素直になれたかも。

2012年8月18日 (土)

いい方向へ流れる

いつも飲んでいる嗜好品がある。売っている店が自宅からちょっと遠いので、同じく愛用者の妹が店に行く機会があるとついでに買ってきてもらったりする。

今日、そろそろ買いに行こうかなと思いつつも、何となく億劫になって見送った。まだしばらくいいやと思っていたら、妹からメールがきた。「明日例の店へ行きます。いつものあれ、買ってこようか?」ありがとう!

最近、こんな調子で「自然にいい方向へ流れていく」ということが多い気がする。感謝。

2012年8月16日 (木)

まだ夏はここにいる

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夏に入る前、この夏のことを記録しようと思って買ったノート。
随分余白のページが残っている。

お盆も過ぎて、そろそろ真夏が通り過ぎていく。
朝晩は風が涼しくなった。昨晩は、窓を開けて寝ていたら風が涼しすぎて、窓を閉めるために起き上がってしまったくらい。午前3時の空には、街灯よりもまぶしいくらいの星がたくさん出ていた。

これからも、まだ夏を楽しめる。

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