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2012年8月30日 (木)

「思い出すことも縁」と感じた出来事

 日経新聞朝刊の最終ページ(文化欄)に、「交遊抄」というコラムがある。

 執筆は各界で名を成された方々で、毎日違う。色んなエピソードを交えて、それぞれが親交の深い方について語る短いコラムだが、今日の執筆者を見て、どこかで見たことのある名前だと思った。東京学芸大学長、村松泰子氏。 著書を読んだ事があるとかそういうことではない、私はご本人直筆のこの氏名を画像として覚えている、ということまで思い出して、記憶がよみがえった。

 今から20年ほど前の学生の頃、村松氏から資料を大量に送っていただいた事があったのだ。

 資料は、書籍梱包専用の、がっしりしたボール紙でできた大きな小包ケースに包まれて届いた。初めて見る小包ケースの印象はとにかく強烈だった。書籍や資料の送付用にこんな資材があるのか、という未知の世界に対する驚き。加えて、大量の資料を送付していただくという初めての経験に、自分もオトナになったなぁという嬉しさも感じた。

 そんなこともあって、小包ケースの形や質感と共に、差出人として記載された手書きのお名前も深く記憶されていたのだと思う。

 村松氏に、どんな資料を、どんなきっかけでどのようにお願いしたのかは、あまりよく覚えていない。

 ただ、一介の学部生に、こんなに丁寧に対応してくださるとは、なんて素晴らしい方だろう、とものすごく感激しただけははっきりと覚えている。
 
 今日、村松氏のコラムを読まなければ、この記憶はずっと引き出されないまま眠っていたに違いない。しかし、新聞に掲載されていたお名前から、小包ケースの画像の記憶が引き出され、資料を送っていただいた記憶がよみがえった。不思議だ。ひょんなきっかけで思い出す人や物。これも「ご縁」のひとつだろうか。

 折角思い出す事ができたので、もう一度20年前のお礼をここに述べずにはいられない。ご本人には届かないとしても。

 村松先生、その節は本当にありがとうございました。

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