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2011年3月16日 (水)

インターネット

3月11日から、5日が過ぎた。

時間が経過するにつれ、普通に生活を営んでいた一人一人の被災の様子がリアルに伝わる映像や記事を目にする機会が増えていき、目頭が熱くなる。何か手助けをしたい、という気持を持たない人はいないだろう。

私が参加しているメーリングリストで、避難場所で不足しているガソリンを提供して欲しいという趣旨のメールが流れた。数時間後「ガソリンが届きました。おかげで病人を病院へ運ぶ事が出来ました」という感謝のメールが届いた。ガソリンを運んでくれたのは、メーリングリスト参加者か、それともその参加者の知り合いだろうか。私は交わされるメールを見ていることしかできなかったが、ホッとした。

過大な費用負担なく多数の人へ瞬時に情報を提供できる、というインターネットの利点を目の当たりにした感じだった。このメールを受け取った私は、数時間でガソリンを届けることは出来なかったけれど、それが出来る誰かにこの情報が伝わった。情報を受け取る人の数が多ければ多いほど、「それが出来る誰か」に当たる可能性も高くなる。もちろん、この利点は裏返せば怖さでもあるが。

家の近所を車で走っていたら、目の前の車が福島ナンバーだった。
500km以上離れた福島から、家族でやってきたんだろうか。せめて安心して眠れるといいけれど。

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