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2010年9月29日 (水)

カギっ子

今は「カギっ子」という言葉、というか現象はもう存在しないんだろうか。
小学生の子を持つ同僚が、学童が終わる時間が自分の勤務時間終了よりも15分早いので、そのわずかな隙間を埋めるのに苦労している・・・という話しを聞いてふと「カギっ子」という言葉を思い出した。

昭和50年代は、紐にとおした鍵を首からぶらさげて学校に来ている小学生は、もちろん多数派ではなかったものの、確実に存在していた。
私もそのうちの1人だった。厳密に言うと、鍵は裏口の横においてあるちりとりの下に隠されていたので、それを使って家に入り、勤めに出ている母親の帰りを待っていた、というのが正しいのだけれど。

同僚は「とてもじゃないけど、小学校1年生を誰もいない家に帰らせて1人で留守番させるなんて、私はできない」とのこと。考え方とか地域柄とか、いろんな要素があるので一概に何が正解とは言えない。私自身も、「誰もいないはず家に誰かいたらどうしよう」と、毎回びくびくしながらカギをあけていた記憶が鮮明に残っている。ただ、高学年にもなると、1人で家にいるというのは、ちょっと解放的な気持ちもした。もっとも、米をといでおけとか、朝の食器を洗っておけとか、学年が上がるにつれて留守番中にやっておくべきミッションが増えていったので、完璧に解放されていたわけではないけれど。

・・・と考えると、今は子どもが留守番する、という現象も稀なことなのかな。そのあたりを聞くのを忘れた。

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コメント

うっ、お皿が割れちゃうの、ショックだけど、ちょっと開き直ったりして。片付けは面倒くさいけど、なんだかそれを受け入れられるような、そんな年頃になった私です。昔なら「きーっ」となったりしてたなぁ。でも、怪我なかった?新しいお皿を買う楽しみもできたね。
鍵っ子。私の高校生の時の夢は、結婚して子供を産んで育てて、学校から帰ってくるわが子に手作りのおやつを用意していてあげることだった。その夢は叶わなかったけど、「ただいま〜」と帰ってくるわが子を迎えるのはきっと楽しくて、わくわくすることなのかな、って思うのです。最近の人はお母さんオンリーって人はそんなにいないのかしらね。
長くなって失礼。

ありがとう。幸い怪我はありませんでした。
「コレールはガラス製なので、割れると粉々になる」という情報をネット上で見つけたのだけど、幸い大きく3つくらいに割れただけですみました。今回は、”上から降ってきた器を受け止めた”、という割れ方だったからかな?コレール自身が高いところから落ちたりすると、粉砕するのかも、と推察。

今度fuki宅訪問の際、手作りおやつを用意してもらえるのを楽しみにしております(笑)。

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