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2008年12月23日 (火)

「図解 vs 文章」著者:久恒啓一・樋口裕一(プレジデント社)

わが職場には、さまざまな図形と矢印でA4の紙を埋め尽くすことが好きな人たちがたくさんいる。「○○事業の概念図」とか、「△△事業のスキーム」といったタイトルで。彼らにとってパワーポイントは格好のオモチャ、いえ失礼、ツールである。

しかし、私は、これらのパワポ職人らが作る図を読み解くのが苦手だ。とにかくテンコ盛りで、複雑すぎるのだ。

「えーと、この四角がこの丸と太い矢印でつながっていて、で、こっちの三角から突き刺さるような矢印がでているから、その関係は・・・」と、一つ一つ読み解いていくと、結局全体でどうなっているのか解らないままに時間が過ぎていく。
「図で解らせる」ための「図解」なのだと思うが、これじゃ「図怪」だよ、と思うことがしばしば。というわけで、何がしかの説明資料を作れと言われたら、私は断然文章派である。それが人を納得させられるかどうかは別として。

そんな文章派の私であるが、Chabo!イベント関連の記事をあれこれ検索していて、久恒啓一氏の存在を知った。久恒氏は、「図解教の教祖」だという。

私が図を理解できない原因は、
「パワポ職人たちの図がわかりにくいから」もしくは
「私が図を理解する技術を持っていないから」
のどちらか、もしくはその両方であろう。

自分は文章派でも、職場には図があふれているわけだから、図を理解したり、自分で作ったり(ただし人にわかってもらえるもの)できるに越したことはない。ということで、「本当の図解とは」を求める気持ちでこの本を手に取った。

久恒氏はサラリーマン時代、作成した報告書や企画書を、ことごとく上司に直されたという。直されたのは企画の内容ではない。文章の「て・に・を・は」や、句読点の打ち方。異動で上司が変わっても同じことだった。
なぜ、上司がこうした些末なことばかり指摘するのかを考えた結果、久恒氏がたどり着いた結論を読んで、私はこの本を読んだ価値があったと思った。

氏曰く:
「数十ページもある文章中心の企画書では、肝心な部分がすぐにわからないため、読み手は些末な部分に目が行き、結果として意味のある議論に発展しない」

就職した当時、ごくごく短い文章でも「てにをは」や句点の打ち方レベルのことを徹底的に直され、非常にくさった思い出がある私。「で、それが何なのサ??」と毎日思っていた。今では、そんな感覚も麻痺してしまい、「はいはい、「は」でも「が」でもいいからこの書類OK出してね。次のがあるから」と流れ作業に徹しているが、ああ、あの時この本のこのフレーズに出会っていたら、私はもう少し広い心で仕事に向かえただろう。ま、今出会えてよかったけれど。

この本は、「同じ社説を図解と文章でまとめてみる」という「対決演習」もある。さてさて、私が捜し求めていた「本当の図解」はどんなものかな、パワポ職人らの図とは雲泥の違いだろう・・・と見てみたら、パワポ職人たちが作る図に似ていた・・・。結局自分の図解力が低かったということなのですね。
図に慣れること、図界のルールを習得することができるようになったら、読み解いたり、図に表したりすることが苦ではなくなっていくのだろう。
毛嫌いしていた図だが、本を読んで、なるほどと思える図の長所を多く発見できたことも収穫だった。自分が作る資料は文章がほとんどだったが、練習のつもりで少しずつ図を増やしていってみようかと思っている。


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